気取らないスタイル、創造性、そして伝統は、今もペローニ・ナストロアズーロの中心に息づいています。

フランチェスコ ペローニがイタリア・パヴィア州のヴィジェーヴァノにて醸造所を始めました。ここはビラ ペローニと呼ばれ、私たちのペローニには今日までその創業者の名前が引き継がれているのです。気候条件、近くにある雪解け水が豊富な山、良質な原料など様々な条件により短期間での大量生産が可能となりました。フランチェスコの独特の淡い中強度のビールは人々から大変支持されるものとなりました。

1846

旺盛な需要に対応するため、第2醸造所をローマに建設しました。ローマの醸造所ではフランチェスコの息子、ジョバンニが経営者として指揮をとりました。 8年後、ペローニは本社をイタリアの首都ローマに移転します。それ以降70年にわたり拡大を続け、ついにイタリアで最大の醸造所になりました。

1864

この年、イタリアの豪華客船オーシャンライナー レックス号が大西洋横断レースで最速賞「ブルーリボン賞」(イタリア語でナストロアズーロ)を受賞します。 それ以来、オーシャンライナー レックス号はイタリアの誇りを示す象徴となり、30年後につけられたペローニ ナストロアズーロの名前の由来になっています。

1933

イタリア経済は10年間、例を見ないほどの継続的な成長期、のちに「静かな革命」と呼ばれる長期成長期に突入。 好景気に沸くイタリアでは、ローマを始めとする都市部に人口が集中。ペローニの売り上げ規模も1950年代後半に驚異的な成長を果たします。

1950s

世界大戦を経て、イタリアの創造性は産業界と身を結び、稀に見る好景気を実現。 イタリアンスタイルは、政治家や王族、トップクラスの俳優・女優など、国際的に活躍する人々を魅了しました。彼らはラ・ドルチェ・ヴィータ(甘い人生)を味わうためにイタリアを訪れました。この時代こそ、イタリアを象徴するようなブランドが日の目を浴びる節目となったのです。

1960s

ペローニ ナストロアズーロは、ブランドを象徴するような広告キャンペーンを開始。水兵服に水兵帽をかぶったモデルを起用し、海と航海へのリスペクトを表現しブランド価値を不動のものとしました。 モデルの女性が着用する水兵服のリボンが、ペローニのボトルネックに巻かれたリボンを象徴するなど、広告における航海の世界観は商品まで一体化。とりわけリボンはブランドが更に認知させるためのシンボルとなりました。

1968

ペローニ・ブランドはグローバルレベルにて日の目を見ることになります。その一環として、ミニマリスト(持たない暮らしを好む人)のためのブティック「エンポリオ ペローニ」を開きました。店舗は世界で最もスタイリッシュなロンドンのスローンストリートに位置し、イタリアの他のファッションブランドと肩を並べ、ペローニの新たな歴史を切り開きました。 「エンポリオ ペローニ」はミニマリストのためとあってウィンドウショッッピングだけが許される超高級ブティック。そこでは購入することができないという究極のビジネス手法は、多くの人々の購入意欲と関心を集めました。

2005

2005年以降、青いリボンを使ったビジュアルや、アート、ファッション雑誌、ファッションブランドとコラボレーションをはじめ従来のアルコール・ビールブランドには見られないブランディングを展開。このブランディングの成功により、プレミアムイタリアンビールとして世界中に広まっています。

2010

TODAY

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